「歴史あるまちなんだ!」 —— 東区から海田へやってきて気づいたこと
私は転職を機に東区から海田町へ引っ越してきました。今年で4年目を迎えますが、実は海田町が今年で「町制施行70周年」を迎えることは、今回お話を伺うまで全く知らなかったんです。でも、それを聞いて「歴史があって、しっかりとした地盤があるまちなんだな」と改めて誇らしく感じました。
実際に約4年暮らしてみて感じる海田町の魅力は、一言で言うなら「便利すぎず、慌ただしすぎない」という絶妙な空気感です。駅がとても近くて、広島市内へもすぐに出られる。落ち着いた静けさがありながらも、人と人との距離感が近すぎず、遠すぎず、本当に心地いいんです。都会すぎず田舎すぎない、この程よい安心感が、私のような外から来た人間にとってもすごく住みやすいなと感じています。
広島駅までわずか10分。呉線と山陽本線が交わる「車なしでも嬉しい」抜群の立地
海田町はとにかく交通の利便性が高いですよね。広島駅から電車に乗れば、わずか10分ほどで着いてしまう距離感には本当に助けられています。しかも、山陽本線と呉線の両方が利用できるので電車の本数も多く、どこへ行くにもフットワーク軽く動けます。2号線などの道路や橋の混雑は時間帯によってありますが、総じてアクセスは抜群に良いです。
病院も、歯科、内科、整形外科、耳鼻科と一通り全て身近に揃っていますし、スーパーもあって買い物にも困りません。車を持っていない一人暮らしの人であっても、何不自由なく快適に暮らせる環境が、この平地の中にギュッと整っているなと感じます。
カフェ巡りができるまちへ。ここ2年で変わり始めた海田の景色
海田町での暮らしに馴染んできた中で、2026年2月に念願のカフェをオープンしました。まだ開業して1年未満ですが、最初の1ヶ月半ほどは広島市内など遠方からのお客さまが中心だったのに対し、日が経つにつれて、どんどん地元の方が増えていきました。今では、仕事の合間や仕事終わりに勉強をしに来てくださる常連さんもたくさんいらっしゃいます。
実は、私が住み始めた当初は、日々の買い物でスーパーに行く程度で、海田町でお出かけをしたことがありませんでした。でも、ここ2年ほどでまちの雰囲気がガラリと変わり始めました。素敵なお店がちょこちょこと増えてきて、今では「海田町でカフェ巡り」ができるようになったんです。市内からもお店を目がけて人が訪れるようになり、まちの使われ方が新しく、おもしろく変化しているのをワクワクしながら見守っています。
2階への階段も、みんなでベビーカーを運ぶ。居心地の良さを支えるコミュニティの温かさ
お店を始めてから、海田町には子育て世代の方が本当に多いなと実感しています。うちのカフェは2階にあって階段があるのですが、お母さんたちが来られたとき、居合わせた他のお客さまたちが当たり前のように協力して、ベビーカーを上まで運んでくれるんです。先日も、ベビーカー3台、ママとお子さん3組が来店してくださったことがありました。
そんな風に、お店の中にいるみんなで自然と助け合える優しい雰囲気が、海田町には溢れています。お客様から「ここは本当に居心地が良いね」と言っていただき、何度もリピートしてくださるのが何よりの励みです。こうしたお客様同士の温かい空気感そのものが、お店の大切な魅力になっています。
「無理せんでね」に救われる。古い風習と挨拶文化が残る日常
海田町に暮らしていて一番心が温かくなるのは、毎日の通勤で歩く「海田市」駅周辺の何気ない暮らしの風景です。子どもたちの通学風景や、皆さんがお買い物をしている姿、そんな特別ではない日常の景色がとても綺麗だなと思います。
それに、このまちには素敵な「挨拶文化」が、今もちゃんと残っているんですよね。朝の通勤中にすれ違う子どもたちやご近所さんが「おはようございます」と声をかけてくれたり、お店や道端で顔を合わせた方と自然に言葉を交わせたり。特別な交流ではなくても、日常の中にちゃんと人の気配があるところに、海田町らしさを感じます。カフェを開いてからも、地域の方が「頑張ってね」「無理せんでね」と、本当に温かく声をかけてくださるようになりました。
年末年始をはじめ、日常の中でふと聞こえてくるお寺の鈴の音で時間を感じたり、今でも地域で「火の用心」の見回りがしっかりと行われていたり、昔ながらの火の見櫓(やぐら)の名残があったり。神社や祠(ほこら)が多く大切にされているところも含めて、古き良き文化や歴史的な景観が、日常の中にそっと息づいているところが大好きです。
まちの応援をパワーに変えて。商工会と掴んだカフェ開業の夢
今回のカフェを開業するにあたっては、地域の手厚い創業支援にも本当に助けられました。商工会の方々が親身になってサポートしてくださり、創業セミナーへの参加をきっかけに、『海田町創業支援補助金』の申請をスムーズに進めることができたんです。
事業計画書を作る作業は、初めてのことばかりで本当に大変でしたが、商工会や周りの関係者の皆さんが手厚く並走して支えてくださいました。海田町には、新しい一歩を踏み出そうとする人を、地域全体で応援してくれる素晴らしい土壌があります。今度は私が、かつての自分のように「海田町でお店を開きたい」「補助金を活用したい」と考えている新しい挑戦者たちのサポートをして、恩返しをしていけたらいいなと思っています。
100周年に向けて、若者からシニアまで、すべての世代に「居場所」があるまちへ
これからの未来、30年後の100周年に向けて海田町がどんなまちになってほしいか —— 。それは、「子どもから若者、子育て世代、環境の変化を迎えるお年寄りまで、すべての世代にそれぞれの『居場所』がちゃんとあるまち」です。
今の時代だからこそ、カフェや喫茶店、地域の施設のように、オフラインで顔を合わせてほっとできる場所が、まちの中で大切になってくると思っています。そういう場所があることで、何気ない挨拶や会話が生まれたり、地域の人同士がゆるやかにつながったりする。そうした日々の積み重ねが、子どもたちにとっても「このまちで育った記憶」として残っていくのだと思います。だからこそ、私たちが今の子どもたちに残していきたいのは、このまちに流れる温かい挨拶文化や、古い家々、細い道が織りなす美しい日常の景色です。環境の変化に合わせながらも、近すぎず遠すぎない、心地よい距離感のつながりを育んでいけたらと思っています。
もし、私が海田町の町長なら、公約は「日常の中に『居場所』が溢れるまち」にします!
魅力的な店主がいる小さなお店や、ふらっと立ち寄れる場所がもっと増えれば、暮らしの中に楽しみや人との接点が生まれると思うんです。そうした場所が、新しい人を呼び込むきっかけになったり、海田町の暮らしやすさを感じてもらう入口にもなるのではないかと思います。店や人を通じて、誰もが「海田町が好きだ」と思える愛着を、じわっと育んでいけるまちにしたいですね。